スマホ中毒の重症患者だった私が、スマホを捨てるまで

これは、ひとりのスマホ中毒患者が、スマホを捨て去り、健康で文化的な最低限度の健全で人間らしい生活を取り戻すまでの闘病記です。

スマートフォンから、ガラケーへの機種変更。「便利」を手放す代わりに、スマホをいじるのに費やしていた無為な時間を取り戻しました。

かつての私のように、スマホに疲れたあなたの参考になることを願い、つづります。

スマートフォン中毒患者の一日の生活とは?

爽やかではない朝

仕事に間に合う時間ぎりぎりに起きる。ギリギリといっても、ギリギリセーフではなく、ギリギリアウトの方。全身が重たく、だるい気持ちを引きずりながら支度をする。通勤路は走らないと間に合わないので走って、なんとか間に合わせる。

通勤中は、ひたすらスマホ。といっても、目的もなく、ゲームをしたり、適当にネットサーフィンをしたり、アプリをダウンロードしたり、カスタマイズしたり。

歩きスマホをしてしまったりする。みっともないことだと、頭ではわかっていても、なぜかしてしまう。誰かから指摘されると、ムカっとする。私だけじゃないのに。

いつの間にか昼

友達とランチ。食べ終わったらスマホ。友達もスマホを開いている。向かい合っていても、隣にいても、会話もない。「心ここにあらず」という言葉を体現したような光景。

心はここにない。

ろくに寝られない夜

帰宅中はスマホをいじる。気が付いたら家についている。洗濯やご飯の最中も、片手はスマホ。下手したら風呂へもスマホを持ち込む。

寝るときもスマホ。時計の表示が12時を過ぎる。寝なきゃ明日がつらい、とわかっている。それでも、2時、3時ごろまでダラダラとスマホ。スマホから手を離して目を閉じ、「寝よう」とすることが、どうしてもできない。

いつの間にか意識を失い、気が付いたら朝になっている。スマホは頭の下とか、枕の上で見つかる。もちろん充電コードにつないだまま。頭は重たく、だるい。寝た気がしない。

振り返ってみるとひどい

……と、改めて振り返ってみると、ひどい中毒ですね。我ながら、これは人としてやばいです。でも、ここまでひどくはなくっても、これに近い状態のひとって、わりといるんじゃないでしょうか。

実際、電車に乗れば、周囲のひとは十中八九、スマホの小さな画面を見ています。道路を歩けば、歩きスマホをしているひとにもよく出くわします。そういうひとたちが、家ではスマホを触っていないとは、とても思えません。

スマートフォンが人生に及ぼす悪影響

貴重な時間を費やしてしまい、他のことができなくなる

暇な時間も、あなたの人生の一部。暇をつぶすというのは、人生の一部をつぶしているということです。スマホ中毒になってみて、「スマホがあれば永遠に時間がつぶせる」ということを実感しました。でも、スマホの側は永遠にコンテンツを提供してくれていても、私たち人間の側に、永遠の時間はない。

スマホでアプリを触ったり、インターネットサーフィンをしている時間。その時間を他のことにあてていたら――と後悔しませんか?

私は、後悔するまでに何年もの時間を無駄に費やしました。今、猛烈に後悔しています。

考えることをしなくなるので、思考能力が低下する

スマホは快適です。指をスッスッと動かすだけで、情報をどんどん目の前に表示してくれます。その便利さに甘やかされると、ひとはほとんど物事を考えなくなります。

反射だけでするゲーム。情報の波が押し寄せてくるネット。

スマホを使っているその時間、あなたはどれだけ頭に汗をかきますか?

スマホから発される電磁波や熱が頭と身体によくない

電磁波が頭と身体に与える影響については、諸説あります。悪いと断言されていることもあれば、少量なのでほとんど影響ないとされることもあります。

しかし、微弱でも、数年、数十年にわたって毎日浴び続ければどうでしょうか。

チリも積もれば山となります。スマホにかける細切れの時間と、スマホから浴びる電磁波は、積もり積もって、長い年月の間に、うずたかい山になっていきます。

あなたは、振り返ってその山を眺めて、どんな気持ちになるでしょうか?

長年、スマホ中毒患者の生活をしているうちに、手にしびれとまではいかない、だるさを感じるようになりました。単純に熱のせいか、重みを常にもっていることによるものか、それとも電磁波か――。

それはわかりませんが、スマホが原因であることは確かです。その証拠に、スマホをやめたら、すぐに治りました。

いるはずなのに、その場所にいないということ

誰かと一緒にいるときにスマホをいじってしまうこと、ありますよね。

スマホにメッセージが届いたからという理由で、「ちょっと待って」と会話を中断する。移動中になると誰からともなくスマホを触りはじめる。同じ部屋にいても、向かい合ってそれぞれがスマホをいじっている。

スマホを触っているとき、そのひとはその場にいません。物理的にはいても、精神的にはそこにいないのです。その場に一緒にいるひとに向き合わず、その場にいないひとの方を向いているのです。これって、違和感がありませんか?

スマートフォンをやめることを決断した理由

上記で挙げたようなことが、嫌になったからです。

スマホをいじっている時間は、考えていないので楽です。情報を集めて、賢くなっているような気もします。しかし、スマホは時間をどんどん吸い上げて、吸収します。まるで、未来へ行くタイムマシンのように、ひゅんひゅんと時間が過ぎます。

このままだとそのうち人生が終わる。
まだやりたいことがいっぱいあるのに、しようともしていないまま。

そんな危機感を覚えたため、スマホをやめることにしました。

スマートフォンを捨てるまでの過程

1.まず覚悟を決めること

これが第一でした。何があってもスマホを手放すという決意が必要です。

私は明日でいいや、忙しいから今度でいいや、と数ヶ月間引き延ばしてしまいました。

しかし、スマホが壊れたので、決断する必要に迫られました。スマホを機種変更するか、スマホをやめるか。もしも壊れていなかったとしたら、今この瞬間も、何も考えず、スマホの画面を見ていたと思います。

2.機能の代替手段を考える

スマホを断捨離することを決めたら、次は今までスマホに頼っていた機能のそれぞれを、どうまかなっていくかを考える必要があります。ここでは、私の場合、どう考えてスマホと決別したのかをご紹介します。

地図・道案内・乗換案内アプリ

そもそも私の場合、スマホを見ていても迷っていました。画面上の地図と実際の景色を重ね合わせる能力が極端に乏しいのです。方向感覚も、階段でターンすれば自分がどっちを向いているかわからなくなる程度でした。

スマホを手放してからは、どこかへ行くときは、前日もしくは当日の朝に、パソコンで調べておくようにします。道のりや住所、目印、名前を憶えておくようにします。

駅では駅員さんに道や電車を尋ねます。コンビニでも、何か安いものを買ってレジで聞けば、だいたい親切に教えてくれます。

路上で迷ったら、「おばちゃん」という人種が一番親切で安心ですので道を聞きます。「おとなしそうな若い女性」や「制服姿の学生」も聞きやすいですね。

そして、道を聞きながらでもたどり着けるように、時間に余裕をもって家を出るようにします。これで、スマホの道案内がなくても大丈夫なはずです。

電卓 割り勘の計算 → 本物の電卓や筆算

電卓機能。これはもともとろくに使わない機能でした。割り勘をするときも、みんなスマホを出してそれぞれ計算してくれます。幹事のとき、ちょっと不便なくらいですが、別にたいした問題ではありません。

Facebook → やめる

もともと、留学生だった友人に、「母国へ帰るので電話もメールもできなくなるから、よかったらFacebookで話しかけてね!」と言われたことがきっかけで登録しました。それ以来、連絡は取っていません。なので退会しました。

連絡をどうしても取りたくなったら登録しようと思います。

Line → 悩んだがやめる

これは迷いました。友人との連絡は、ほとんどがLineで行っています。

パソコンからでもLineのできる方法を検索して、テスト期間と称してやってみようともしました。しかし、Lineは基本的にはスマホからするもの。いつ何時、電話番号による認証が必要になり、パソコンから突然ログインできなくなるかわかりません。

突然いなくなるくらいなら、予告していなくなった方がいいですね。

また、Lineは結構、ストレスの元だったりします。四六時中、ピロリロン♪ と音が鳴ったりバイブが震えたり、ライトが光ってメッセージが入ってきます。

自分がメッセージを送った後で「既読」ばかりついて会話がストップしたらとか、色々考えてしまいます。かといって、会話が盛り上がっているのに入らないのも……。

わずらわしいです。疲れます。しんどいです。だからもう、やめることにしました。

必要な連絡は、メールで送ってねとお願いしておけば、私の場合、問題はなかったです。手間をかけさせて申し訳ない思いはあります。しかし、「メールするくらいの手間をかけるのが面倒」な程度の連絡なら、送ってもらわなくてもいいのだと開き直りました。

Lineで大勢誘う中のひとりに入っていなくてもいい。面倒でもメールを送って「私に」連絡してくれるひととの関係を、大切にしていきたいです。

カメラ(写真・動画) → 一応、継続?

ガラケーでも写真や動画は撮れます。

画質はひどいです。でも、センスもそうありませんし、写真にこだわりもありません。画面ごしに写真を撮るより、自分の眼に焼きつける方に集中していたいです。

一緒に行った友人がデジカメを持っていて、写真をいただくことも多いです。デジカメやこだわりのスマホカメラで撮られた写真は、私の下手な写真よりも数倍上手で素敵です。写真が趣味な方にとっては、カメラは必需品です。私はそうではないので、いらない。

それだけのことです。

Evernote → 続ける

パソコンからログインすることにしました。もともとスマホでもパソコンでも使っていました。作業効率も、もちろんスマホよりパソコンの方が数段上です。問題ありません。

http://spread-root.com/evernote-simplelife/

メール → 部分的に継続

パソコンのメールは継続。メールチェックは1日に一回。朝に返信の時間を作っています。主な通信手段はこちらです。必要なメールだけが入ってきます。

持ち歩くメールは、断捨離しました

Cメール/SMSメールと呼ばれるキャリアメールだけ継続しています。これは外出先や非常時の連絡用です。一通いくらでお金がかかるため、必要なときにだけ使います。

キャリアが違うと送れませんが(多分docomoは送れない?)、家族は全員、同じキャリアなので、そんなに不便はしていません。

電話番号 → 継続

スマホもガラケーも含めて、携帯電話自体を断捨離することを、真剣に検討しました。

しかし、何かの申込を書くときに、「住所氏名年齢電話番号」はセットで必要です。

「電話番号は持ってないんです」と役所か何かの窓口で主張する自分の姿を想像してみました。スマートではないですね。そもそも、職場にどう説明するのか。非常用の連絡網で、私だけ空欄にしてもらうのか。

社会人として、ちょっとどうかなと思ったので、一応、回線は継続します。

ゲームなどの暇つぶし → やめる!

これはもう、いりません。

通勤時間は、ぼーっとしたり、何かを考えたり、頭の中を整理整頓できる、貴重な時間だということに気がつきました。ゲームで暇をつぶすなんて、恐ろしくもったいないです。

ネットサーフィンによる情報収集 → パソコンで、必要なことだけ

ゲームと同じように、暇つぶしのネットサーフィンは、もうやめます。

友人との会話でわからないことがでてきたとき。スマホを開けるのは、やめることにしました。私が持っていなくても、他のひとが調べてくれます。それに、目の前にいるひととの会話だけで、十分に楽しいですし、知識も得られます。

本当に気になった言葉などについては、家に帰ってからパソコンで調べることにしました。実際のところ、家に帰ったときには、ほとんど忘れています。もしくは、わざわざ調べるほどでもないケースが多いです。

3.最後の手続き

やめると決めたら、きっぱりとやめましょう。

行き先を決める

次はどうするかを考えます。どういった契約にするのか。どういう端末にするのか。

もしよかったら、こちらも参考にしてみてくださいね。

http://spread-root.com/au-prepaid/

ぷりペイドは、あんまり使わないなら安いです。料金のシステムも明快でわかりやすい。私のような、「ろくに使わないけど携帯電話の番号くらいは持ってないと」というひとには、よいものです。

知人に連絡する

Lineやメールで連絡しました。メールは今の時代、使っていないというひとも多いようで、宛先不明で結構、返ってきました。哀しい反面、そういうものだと前向きにとらえました。

まとめ

スマホ中毒から抜け出すまでの過程をご紹介しました。いかがでしたでしょうか?

長い文章になってしまいましたが、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。 また、スマホ中毒から抜け出したことによる前向きな変化についても、お伝えできればと思います。

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